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2010年6月13日 (日)

荒神山

 SONEさんの掲示板で質問があった荒神山についての
記録が残っているので、載せておきます。
酒田勤労者山岳会で13年かけて達成した山形県境縦走の
終盤で、1994年3月19日から21日にかけて私と三浦君の
二名+送り迎え二名で実施した山行の記録です。


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 「さどしさん、偵察がてら小国さ行がねが。」

 3月10日の例会で三浦が言った。
県境縦走で残っている所だが、私は気乗りしないでいた。
難所ということよりも、今年行くことを全く考えていなかったから
である。そのことを3/12~13の県境縦走、鍋越峠~北日長山の
帰り道の車中で加藤に話すと、

「せば、わだ2人して関山がら北日長山までやれちゃ。
帰りだばオレ迎えさ行がいっさげ。」

と言った。

 急なアップダウンが多い上に、難所もあるハイライトコースである。
しかも、現実的な逃げ道は無く、3/19~21の三連休でやるには
良い天候とメンバーが揃わないと難しい。

 しかし、三浦となら出来そうな気がした。

 天気も、

「オレが行けば必ず晴れる!」

と思った。私は強運の晴れ男なのだ。その場で行くことに決めた。

3/19
 国道48号線、関山トンネル宮城県側口から登り出した。
忙しい中、朝早くサポートしてくれた堀田が手を振って見送って
くれた。

 今回はザイルやアイゼンも携行のフル装備だったが極力軽量化
して、ザックを15~16Kgに抑えた。

 県境稜線まで登山道があったが、構わずにどんどん登った。
少なく堅い雪も最初のピークまでで、それ以後はワッパコースと
なった。積雪は1m程度で歩きやすかった。天気は移動性高気圧
が抜けていく状況で良かった。

2

1

 しかも、適当に風があったのでさほど暑くもなく快調に歩いた。
眺めては黒伏山や柴倉山等が絶景だった。遠くには船形山や
面白山も見えた。

 そして、寒風山、白髪山、楠峰と順調に越えていった。

 しかし、昼前からは雪が腐ってきてワカンにバッコがどっさりと
付いて歩行を困難にした。

「こんちくしょう!」

などと叫びながらもただ歩くしかなかった。

 その頃から、三浦が遅れぎみになった。どうも調子が悪そうだった。

「へー、ヤツもこげだごどあんなが。」

などと思い、内心ニヤリとしながらも知らぬ振りをして先を急いだ。

「情けは人のためならず」

というワケだ。(この場合は本人の為にならないという意味デス)

 船形山への最後の登り口ではその後の行動を検討した。
計画通りに山頂にある避難小屋に泊まるか、もっと先へ進むか
悩むところだった。翌日にガスがかかる可能性が極めて高いと
判断したからで、もしそうなると下降ルートが難しいものになる
のは必至だった。さらに、必ずしも小屋に入れるとは限らないと
考えた。

 結局、山頂へは行かずにトラバースして先へ進むことにした。
これで1時間は節約できるし、第一この箇所は踏破済みなので
今回歩く必要は無かったのである。とにかく天気の良いうちに少し
でも距離を稼ごうということで、意見が一致した。

 非常に危険な状態の雪屁を避けながら歩き続け、4時過ぎに
P1,014m手前にツエルトを張った。ほっとする空間である。

 三浦は、

「今、酒飲んだら吐ぎそうだ。」

と言うので私一人、心置きなくウイスキーを楽しんだ。
仲間の差し入れをつまみにボトル3分の2程飲んでしまったが、
相棒が三浦だからこそ出来たことだった。OやTが一緒ではこう
はいかない。

「いいヤツだ!」

と思った。

3/20 
 曇天だったが意外にも視界は良好だった。雪は少し締まって
随分歩きやすくなった。

 しかし、暫くするとガスが湧いてきて荒神山手前のP1,207mの
急斜面を登り切る頃には、辺りは真っ白になってしまった。
やはり昨日先に進んだのは正解だった。

 やがて今回の核心部、荒神山に到達した。
 
 標高1,270mの荒神山は、名前の通りに荒々しい山で、県境は
山頂から80m程南側に外れている。山頂を踏んでから県境を忠実
にトレースしていくと、間もなく最大斜度58゜、平均斜度37゜という
急斜面の下降となった。間違った場合登り返すのは大変なので、
特に慎重にルートを探った後、まず私が下った。

 と、いきなり滑落したが、

「おーし!尻セード!!」

と、ごまかした具合で好調な滑り出しとなった。最も急な所でも
適当にブッシュが出ていたので、わざわざ持っていったザイルも
出さずにピッケルを突き刺しながら後ろ向きに下降した。

1_2

 しかし、どうもおかしい。
地図上では唯一の尾根らしい尾根の筈だったが、左側の濃い
ガスの中にかすかに尾根のようなものが見えた。右側にも見えた。

「う~ん……。」

とりあえず右の尾根に寄ったが違う感じがした。

 そこで今度は左の尾根に寄ってみた。かなり急な斜面のトラバース
で、先に行く三浦を見ながら、

「へー、ながなが雪崩ねもんだのー。」

と感心しながら離れて歩いた。

 すると、やはり尾根があり雪屁が付いていた。

「おー!これだ!間違いないっ!」

 視界が良ければ悩まないところだが、これが県境の面白さでも
あるだろう。

 黒森に登りだした頃からガスが晴れた。天気は良くなかったが
視界が確保された。黒森からの下降ルートは分かり難い箇所だが、
見えさえすればこっちものだ。

 やがて、南日長山に通じる尾根の分岐点に到達した。
先週の県境縦走で、KとSの二名が行く予定だった地点である。

 ところが、彼らは4Km手前で下山してしまったので、我々が歩く
羽目になってしまった。本来ならまだ午後1時頃だったから、そこで
下山すれば夕方までには風呂とビールにありつける処だ。
事務所で、

「この4キロは大っきぞー。」

と言っていたのが現実のものとなった。

「ちくしょう!あいづら!!」

 思いつくまま散々悪態をつきながらも歩き続けた。

 北日長山は円錐状の見事に山らしい山だった。
その麓に着くとしばし見上げた。

「げー、あげだ急などご登んながやー?」

「やんだのや。」

 遠くから見るよりもずっと急で南側は雪崩ていた。
これから登ろうという東側も危険な状態だった。さてどうする……。

 その頃すでに二人とも、

「歩ぎだぐねー」

状態で、すぐ近くに良いテン場もあったが、終点まで行ってから
祝杯を上げようということになった。

 そこで、休みなしに一気に登った。標高791mの北日長山山頂は
強い風が吹き、ほてった体に心地良かった。

 急な下りの後の緩い二つ目のピーク、そこが今回の県境縦走の
終点だった。地図で確認した後、がっちりと握手を交わした。
最も嬉しい瞬間だった。

 そして、鶴子ダムに向かって300m程歩いた辺りにツエルトを
張った。二人ともヘロヘロになりながらもしっかりと紐を張って
立派な宿を作った。

 私の非常食のココアを出すと三浦は驚喜して興奮のあまり
半分もこぼすほどだった。

 この日のメインデイッシュの予定はフリカケご飯(自然乾燥の
ササニシキ100%米だぞ!)〈注;平成米騒動の真っ最中だった〉
だったが行動食の残ウインナーソーセージがそれに代わった。
祝賀会に相応しい超豪勢な夕食に涙がちょちょ切れた。燃料だけ
は充分にあったので、三浦は乾燥大会を始め、私はウイスキーを
舐めながらまどろんだ。

「これで今期の山も終わりだのや……。」

という一抹の寂しさもあったが、充分に満足だった。
(私の場合、9月から翌3月までしか山に行けないのだ……。)

3/21
 予想外に鶴子ダムは近かった。そして、「焼肉ハウス」でビールと
焼肉を充分楽しんだ後、丁度迎えに来てくれた加藤の車で帰途に
ついた。

 これで、後頭部は完全につながった。残りは僅かに生え際と下唇
だけである。(注;山形県の形は人の横顔に似ている)


※コースタイム

3/19 4:00 事務所出発
    6:05 関山峠(宮城県側口)晴れ 
    6:20 登山開始
    7:00 県境稜線
    8:40 寒風山
    10:50 白髯山
    11:40 楠峰
    13:50 船形山直下(コル)
    16:20 ピーク1,014m手前(幕営)
3/20 5:00 起床 曇りのち雪
    6:20 出発
    8:10 ピーク1,207m
    8:40 荒神山
    10:00 荒神山下のコル
    11:00 ピーク965m
    12:00 黒森
    13:00 南日長山分岐
    14:00 ピーク703m
    14:35 ピーク718m
    15:25 北日長山山頂
  15:45 北日長山北西1Km地点
    16:15 テン場(幕営)
3/21 5:00 起床 雪
    7:20 出発
  7:50 車道 晴れ
    9:00 鶴子発電所
    打ち上げ(焼肉ハウス)
    14:00 事務所到着 
 

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コメント

この区間の縦走記録、仙台YMCA山岳会の記録以外に初めて接しました。
尾花沢からは鶴子ダム起点に熊撃ち猟師が入山していると話に聞いたことはありますが、なだらかな印象がある船形連峰の中でも急峻な山域だったのですね。
貴重な記録をアップしていただき有難うございました。

投稿: SONE | 2010年6月13日 (日) 22時50分

私には無理ですが、地形図を眺めながら想像してました。
道のないところを走破する。藪こぎ嫌いの私にはなかなかできません。
貴重な記録ありがとうございました。

投稿: tom | 2010年6月14日 (月) 00時06分

>SONEさん

 仙台YMCA山岳会は随分と活動が盛んなようですね。
さすがは大都市の会です。

 荒神山付近が急峻だった記憶はあまり無いんですよ。
濃いガスでほとんど何も見えなかったから。(^^;


>tomさん

 あの辺は、積雪期であれば藪漕ぎは全くないですよ。
道のないところを走破するというのは、ある種
冒険的な要素があって、とても楽しかったです。
GPSは無くて、地図とコンパス、勘が頼りでしたからね。

投稿: ファーマー佐藤 | 2010年6月14日 (月) 08時39分

同じ頃の1994年の1月に黒伏山南壁のダイレクトルートをシコシコ登っていました。

山形県境縦走には及びもつきませんが、37年前ほど前の3月、二泊3日で不忘山~二口の小東峠までスキー縦走しました。

途中で2回雪庇を踏み抜いたのと、笹谷峠の小屋で置いてあったブランドのピッケルをメンバーが失敬したのを覚えています。

この御仁は今では出世して校長先生になっている頃かも?

投稿: sakano | 2010年6月17日 (木) 20時19分

>sakanoさん

 一月の黒伏南壁ダイレクトですか。さすがですね。

 このコースを単独でスキー縦走した記録を山渓か
なんかで見たことがあります。チョット驚きました。

 それにしても、ピッケルを失敬した御仁が
校長?というのには笑えましたヨ。

投稿: ファーマー佐藤 | 2010年6月17日 (木) 21時30分

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